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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3586号 判決 1990年6月14日

原告(反訴被告) 倉橋實

右訴訟代理人弁護士 内山辰雄

同 鈴木和夫

同 鈴木きほ

被告(反訴原告) 株式会社 大明産業

右代表者代表取締役 田中三郎

右訴訟代理人弁護士 今出川幸寛

主文

一  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年三月二五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

三  原告(反訴被告)の請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、五六一一万九〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年一二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  右に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は、被告に対し、四四六六万七八〇〇円及びこれに対する昭和六三年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  右に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 債務不履行に基づく損害賠償

(一) 被告は、不動産取引の仲介、売買を業とする株式会社である。

(二) 原告は、被告に対し、昭和六二年一〇月二六日、別紙物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)を、代金一億七三三三万九〇〇〇円で、更地にした上、売り渡す旨の契約(以下、「本件売買契約」という。)を締結した。

(三) 原告と被告は、本件売買契約締結後、その履行期を昭和六二年一一月一九日、履行場所を東京都世田谷区奥沢五丁目二八番一〇号所在の被告事務所とする旨合意した。

(四) 原告は、昭和六二年一一月一九日までに、本件土地上の建物を収去するとともに、同年一一月一九日、右被告事務所において、被告に対し、本件土地の所有権移転登記申請手続及び引渡につき現実の提供をした。

(五) 原告は、被告に対し、昭和六二年一一月二四日到達の内容証明郵便により、同月末日までに本件売買代金を支払うよう催告するとともに、同月末日が経過したときに本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(六) 原告は、右解除後である昭和六三年四月五日、本件土地を訴外山内武夫に対し代金一億〇七二二万円で売り渡した。したがって、原告は本件売買契約の代金一億七三三三万九〇〇〇円と右売買代金との差額である六六一一万九〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

2 違約金約定に基づく損害賠償

(一) 1(一)ないし(五)と同じ。

(二) 原告と被告は、本件売買契約締結の際、債務不履行による解除の場合、違約金として売買代金の二割相当額(三四六六万七八〇〇円)の支払を相手方に請求できる旨合意した。

3 結論

よって、原告は、被告に対し、第一次的には、被告の前記債務不履行に基づく損害賠償請求として、逸失利益六六一一万九〇〇〇円の内金五六一一万九〇〇〇円及びこれに対する債務不履行の後である昭和六二年一二月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、第二次的には、前記特約に基づき、違約金三四六六万七八〇〇円の内金二四六六万七八〇〇円およびこれに対する解除後である昭和六二年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実について

(一)、(二)、(三)及び、(五)の各事実は認める。(四)のうち、収去の点は不知、提供の点は否認する。(六)の事実は不知、売買代金差額が逸失利益に当たるとの主張は争う。

2 請求原因2の事実について

(一)に対する認否は、1(一)ないし(五)の各事実に対する認否と同じ。(二)は認める。

三  抗弁

1 錯誤

(一) 被告は本件売買契約締結当時、本件土地とその西側公道との間には第三者所有の土地(世田谷区桜丘三丁目二七五三番一の土地の一部。以下、「帯状土地」という。)が存在しているのに、本件土地が直接官有地である公道に接しているものと誤信していた。

(二) 原告と被告は、本件売買契約の締結に当たり、本件土地が直接西側の官有地である公道に接していることを当然の前提とする旨明示又は黙示で合意していた。

2 詐欺

(一) 原告は、被告に対し、本件売買契約の締結に際し、本件土地が実は西側の官有地である公道に接していないにもかかわらず、接しているかのように告げて被告を欺き、その旨誤信させた上、右契約を成立させた。

(二) 被告は、原告に対し、昭和六三年三月二四日の、本訴第二回口頭弁論期日において、右契約における買受けの意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

3 瑕疵担保責任に基づく解除

(一) 抗弁1(一)と同じ。

(二) 本件売買契約締結時に原告側代理人内山辰雄弁護士(以下、「原告側代理人」という。)が被告に交付した本件土地測量図面においては、本件土地の西側に官有地である公道が接しているかのように表示されていたし、また、現地検分によっても、本件土地と西側公道との間に他人の土地が存在することを示す境界石を見い出だすことはできなかった。

(三) 被告は、原告側代理人に対し、昭和六二年一一月三〇日到達の内容証明郵便によって、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁1(一)、(二)、同2(一)及び同3(一)、(二)の各事実は否認する。同2(二)及び同3(三)の各事実は認める。

五  再抗弁(抗弁1の錯誤の主張に対して)

1 本件売買契約は、本件土地が分筆前の世田谷区桜丘三丁目二七五三番一の土地から分筆登記されることを前提とするところ、被告は遅くとも本件売買契約締結時までには、右分筆登記が完了したことを知っていた。

2 被告は、その代表者が土地家屋調査士及び一級建築士、宅地建物取引主任の資格を有する不動産売買、仲介等に関する専門業者であるところ、本件売買契約締結前に、本件土地の公図、地積測量図を調査確認しなかった。

3 被告と本件売買契約の仲介を行った訴外有限会社アム企画は、本件土地の分筆状況等について被告自身がその責任において調査する旨の合意をした。

4 よって、仮に被告が誤信していたとしても、右誤信は被告の重過失に基づくものである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1の事実のうち、分筆が前提であった点及び同2の各事実は認める。同1のその余の事実及び同3の事実は否認し、同4の主張は争う。

(反訴)

一  請求原因

1 本件売買契約

(一) 本訴請求原因1(二)及び(三)と同じ。

(二) 本訴抗弁1(二)と同じ。

2 債務不履行

(一) 本訴請求原因2(二)と同じ。

(二) 被告は、原告に対し、昭和六二年一一月一九日、同月三〇日までに、債務の本旨に従った提供、すなわち、帯状土地を含めた提供をなすよう催告した。

(三) 被告は、原告に対し、昭和六二年一一月三〇日到達の内容証明郵便により本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

3 手付金

被告は、原告に対し、本件売買契約締結の際、手付金として一〇〇〇万円を交付した。

4 錯誤

本訴抗弁1(一)と同じ。

5 詐欺

本訴抗弁2(一)、(二)と同じ。

6 瑕疵担保責任

本訴抗弁3(一)ないし(三)と同じ。

7 結論

よって、被告は原告に対し、不当利得返還請求権に基づく、手付金一〇〇〇万円及び前記特約に基づく違約金三四六六万七八〇〇円並びにこれらに対する反訴状到達の翌日である昭和六三年三月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  反訴請求原因に対する認否

1 反訴請求原因1の事実については、(一)は認め、(二)は否認する。

2 同2の各事実は認めるが、債務の本旨に従った提供が帯状土地の提供を含むとの主張は争う。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実は否認する。

5 同5の事実のうち(一)は否認し、(二)は認める。

6 同6の事実のうち、(一)及び(二)は否認し、(三)は認める。

三  抗弁

1 提供

本訴請求原因(四)と同じ。

2 重過失

本訴再抗弁と同じ。

3 相殺

原告は、被告に対し、昭和六二年一二月一七日、本訴状により、本訴請求原因1又は2に基づく損害賠償請求権のうち一〇〇〇万円をもって、前記手付金一〇〇〇万円の返還請求権と相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1及び2について

本訴請求原因(四)及び本訴再抗弁に対する認否と同じ。

2 抗弁3について

本訴請求原因1及び2に対する認否と同じ。ただし、相殺の意思表示は認める。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴請求について

一  請求原因

請求原因1(一)ないし(三)の各事実については、すべて当事者間に争いがない。

しかしながら、抗弁1(錯誤)が認められれば、その余の点を判断するまでもなく、本訴請求はいずれも理由がなくなるので、先に右抗弁を判断する。

二  抗弁1(錯誤)について

1  前提事実

《証拠省略》によれば、本件土地と西側公道との間には訴外小川茂松(以下、「小川」という。)の所有する帯状土地が存在することが認められる。右帯状土地の幅は狭いものであり、具体的距離関係も特定し難いが、本件土地がその西側において官有地である公道に、直接、接していないことは明らかである。

2  誤信

そこで、次に、右の点について被告に錯誤があるかどうかにつき判断する。

(一) まず、本件売買契約締結以前の経緯についてみるに、成立に争いのない甲第二八号証の一(昭和六二年九月一七日付け書簡)、二(土地表示の完成していない契約書案)、及び原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証(土地表示の完成していない契約書案)、証人内山辰雄の証言並びに被告代表者本人尋問の結果を総合すれば、本件売買契約は、原告が小川から賃借している土地(旧二七五三番の一の土地の一部)を買い受け、その部分を分筆のうえ、被告に売り渡すことを前提にしており、被告もそのことを承知していたこと、当時、原告が賃借していた土地は、現況上、西側において公道に接しているように見えたこと、本件売買契約における原告側の関係者であった鈴木和夫弁護士が被告側の関係者であった訴外関根和男に対し、昭和六二年九月一七日ころ、近日中に実測図面が完成する見込みなので、正式契約は同図面のできあがり次第行いたい旨通知したこと、それ以前に被告側でも現地を見に行き、境界石の位置等を確認したこと、その際、帯状土地の存在を窺わせるような境界の印はなかったこと、右書証上、分筆後に本件売買契約の対象土地と官有地である公道との間に第三者所有の帯状土地が存在することになる旨の記載は見当たらないこと、原告側の代理人であった同証人自身でさえ、本件売買契約締結後に至るまで帯状土地の存在を知らなかったことが認められる。

(二) また、証人内山辰雄の証言により成立の認められる甲第二九号証の一(昭和六二年一〇月一四日付けファックス)、証人山田浩の証言により成立の認められる同第二九号証の三(昭和六二年九月二日測量の土地測量図のファックス)、及び成立に争いのない同第二九号証の二(本件土地の登記簿謄本)、並びに証人内山辰雄の証言を総合すると、前記鈴木弁護士が、前記関根和男に対し、昭和六二年一〇月一四日に右甲第二九号証の二、三を送付したこと、かつ同書類においても帯状土地の存在を窺わせるような記載はなんら存在せず、右測量図では、本件土地の西側は、「道路」「官民境界未立会」の記載のある道路部分と新設境界石及び既設鋲を結んだ直線で隔てられているのみであって、西側において官有地である公道と接していると明らかに読み取り得る体裁になっていたことが認められる。

(三) さらに、成立に争いのない甲第三〇号証の一(昭和六二年一〇月二三日付けファックス)、二(地番の入った契約書案)によれば、前記鈴木弁護士が、本件売買契約における被告側の関係者であった今出川幸寛弁護士に対し、昭和六二年一〇月二三日に、右甲第三〇号証の二を送付したこと、右両書面には、本件売買契約の対象が分筆後の本件土地であることが記載されているが、帯状土地の存在を窺わせる記載はないことが認められる。

(四) 次に、本件売買契約締結当日の状況についてみるに、証人内山辰雄の証言により成立を認める甲第六号証(昭和六二年九月二日測量の土地測量図)、同証人の証言及び被告代表者本人尋問の結果によれば、契約締結の際、原告側代理人から被告側に対し、帯状土地の存在についてなんらの説明がなかったこと、かつその際、原告側からは、帯状土地を表示し、又はその存在を窺い得るような図面を交付されず、かえって、前記甲第二九号証の三と同様の西側において直接公道に接しているように記載された測量図である甲第六号証が手渡されたことが認められる。

(五) 本件売買契約締結後の経緯についてみるに、前記、乙第二号証(帯状土地の表示された境界現況図)、証人内山辰雄の証言及び被告代表者本人尋問の結果によれば、昭和六二年一一月一七日に、乙第二号証が原告側代理人より被告側の今出川弁護士に送付されたことが認められ、成立に争いのない甲第九号証の一及び同第一八号証、証人小川茂松の証言並びに被告代表者本人尋問の結果によれば、被告代表者は、昭和六二年一一月一八日ころになってはじめて、甲第一八号証(重要事項説明書)の作成を本件売買契約の仲介を務めた訴外有限会社アム企画に依頼したこと、代金決済日である同月一九日、被告代表者が本件売買契約代金の支払を拒絶するとともに、小川に対し、帯状土地を譲ってくれるよう願い出たこと、小川がこれを拒絶したことが認められる。

(六) 以上の事実を総合すると、本件売買契約締結当時、被告が本件土地の分筆状況を十分調査・確認しておらず、本件土地の西側の官有地である公道との間に帯状土地の存在することを知らなかった旨の被告代表者本人の供述は、十分信用することができ、抗弁1(一)の事実を認めることができる。

3  要素性

さらに進んで、右の点が、要素の錯誤といえるかどうかについて判断する。

被告が、不動産取引を業とする会社であること及び本件売買契約が本件土地を更地にすることを前提にしていたことは当事者間に争いがない。そうすると、被告が本件土地を宅地として、あるいは土地付建物として転売する目的で買い受けるものであったこと、また、この点から、本件土地と公道との間に第三者の所有土地が存在しないことが被告にとって重要であることが推認される。右に加えて、前記1(一)ないし(四)の事実経過を考え合わせると、本件土地が西側において官有地である公道に直接接していると、被告が理解しているということが、本件売買契約締結の際に、売主・買主間で当然のこととして了解されていたものと認められる。

また、原告は、帯状土地をもって、民法二一〇条にいう「公路」の一部であり、かつ、建築基準法四二条二項による指定道路の一部であるから帯状土地が第三者の所有であっても不都合はない旨主張する。しかし、《証拠省略》によれば、帯状土地と道路との境界は不確定であって、帯状土地が確定的に「公路」の一部であるとは認められない。また、《証拠省略》によれば、本件土地の西側道路が建築基準法四二条二項による指定道路であることは認められるにしても、《証拠省略》にいう「現況道路の中心からそれぞれ二メートル後退したところ」が帯状土地とどのような位置関係にあるのかもやはり明確でないと言わざるを得ない。このように、道路と帯状土地の位置関係については、微妙な問題が残っている。さらに、右の点をさておくとしても、前記甲第六号証によれば、本件土地で道路に面している可能性があるのは西側のみと認められる。また、本件売買契約における代金額の交渉の際、帯状土地の存在を前提に価格が検討されたものではないことは前記2で認定した事実経過より明らかである。さらに、本件のような高額の土地取引では帯状土地の存在が買手にとって心理的に嫌なものであることは、被告代表者本人尋問の結果をまつまでもなく、当然である。そして、《証拠省略》を総合すれば、本件売買契約における代金額は帯状土地が存在しないことを前提にしたものとしても不相当とはいえないこと、及び、かかる帯状土地の存在によって本件土地の市場価値が相当に減価することが認められ(る。)《証拠判断省略》

以上によれば、帯状土地の存在によって、実際に本件土地の使用収益に支障が生じるか否かは未だ不明であるものの、だからこそ右帯状土地の存否により本件土地の交換価値に相当の差が生じること及びあらかじめ帯状土地の存在を知っていれば被告においてその入手若しくは値引き交渉あるいは買受け断念など何らかの対処をしたであろうことは明らかである。したがって、本件売買契約における被告の買い受けの意思表示にはその動機に錯誤があり、右動機は本件売買契約の合意事項の一部か否かは別として、少なくとも右契約締結の際に表示されており、この点も商事取引である本件売買契約の重要な要素であるといえる。

よって、被告のした本件売買契約における買受けの意思表示はその要素に錯誤があるというべきである。

三  再抗弁(重過失)について

1(一)  まず、再抗弁3(被告が、分筆状況等を調査する旨の特約)の事実は、これを認めるに足りる的確な証拠がない。

(二) 再抗弁2(被告が不動産取引に関する専門家であること、及び本件売買契約締結以前に本件土地の分筆状況について調査確認しなかったこと)の事実は、当事者間に争いがない。

(三) 再抗弁1の事実については、前記二2(一)ないし(三)の事実経過に被告代表者本人尋問の結果を合わせ考えれば、被告が本件売買契約の締結前、遅くとも昭和六二年一〇月一四日ころまでには分筆完了の事実を知り得たことが認められる。さらに、《証拠省略》によれば、本件土地の分筆登記手続をした昭和六二年一〇月八日から二、三日後には分筆後の公図、及び測量図面が閲覧可能であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実を前提とすれば、被告は、昭和六二年一〇月一四日ころから同月二六日の本件売買契約の締結日までの間に、分筆申請の図面、公図の閲覧をするなどして本件土地の分筆状況を調査確認することが可能であったことが認められる。

したがって、本件の錯誤につき、被告に過失があることは、明らかである。

2  そこで、右過失が重過失に当たるか否かを更に検討する。

(一) まず、本件売買契約締結日前に、原告から被告に対して、帯状土地の存在を窺わせるような書類、図面が交付されたことはなく、かえって、契約当日にも、西側の官有地である公道と直接接するように見える図面が渡されていること、及び実際に被告側と交渉を行った原告側代理人においてさえ帯状土地の存在を本件売買契約締結日以後になって初めて知るに至ったことは前認定のとおりである。もっとも、一般論としていうならば、土地と道路との関係については、売主(原告)よりも買主(被告)の方がより重大な利害関係を有するのであるから、被告が関心を払っても不自然ではなく、被告が十分な調査をすべきであるともいえる。しかしながら、前記二2、3で認定した事実経過を前提に考えると、本件では、分筆手続を行ったのは、地主である小川であるから、借地人である原告は関与できたとしても、被告はこれに介入することはできず、ことの性質上、被告が地主と直接相談したり、分筆の時期、結果等を問い合わせることも、通常は考え難いはずである。他方、買主が借地人であった売主に対し、借地分の分筆状況の調査確認と、予想外の分筆がされた場合の通告とを期待したとしても、困難を強いるものではなく、むしろこの種契約関係における信義則上、当然の期待ともいえよう。そうだとすると、前記事実経過、殊に本件では買主が現地の境界石等の確認をし、かつ、実測図の交付を売主に要求しており、現に実測図や分筆後の登記簿謄本の交付を受けている点を考え合わせると、被告が、本来借地人として分筆に利害関係を有していたはずの原告に対し、道路との関係も含めて甲第二九号証の三及び同第六号証のとおり原・被告にとって不利益ではない分筆の仕方にしてくれているものと、それ以上の調査確認をせずに信じたとしても、あながち不合理ではなく、これを強く責めることはできないというべきである。

なお、証人山田浩の証言中には、本件のごとく公道との間に道路提供分として帯状土地を残して分筆することが通常である旨の供述部分があるけれども、他方において、同証言によれば、証人が原告の借地権の範囲を決定するうえで、原告の立会いなしに、小川の指示のみに従ったことが認められるし、右証言や証人小川の証言において借地権の範囲から除外されるべき部分として本件の帯状土地を残して分筆すべきことについての合理的な説明がされていないことも合わせ考慮すると、前記供述部分を重視して、被告がこのような分筆をも当然予想すべきであったとはいえない。

(二) 以上の認定判断及び先に認定したように本件売買契約における土地の価格が通常よりも低額でないことを総合すると、帯状土地の存在につき疑いをもつべき特段の事情が存在せず、契約当日に甲第六号証の図面が手渡されている本件では、被告が不動産取引の知識、経験を十分有している者であることを考慮に入れてもなお、分筆状況を調査確認しなかった過失をもって、被告の重大な過失と評価するのは相当でない。

3  よって、本件売買契約は無効である。

五  結論

以上によれば、本件売買契約の有効を前提とする原告の被告に対する本訴請求は、その余の点(主張自体失当か否かを含む)について判断するまでもなく、いずれも失当であるから、これを棄却する。

第二反訴請求について

一  違約金請求

請求原因1(本件売買契約)の事実のうち、(一)は当事者間に争いがない。

しかし、本件売買契約は既に延べたとおり、錯誤により無効である(不援用不利益事実)。したがって、その余の点(主張自体失当か否かを含む)について判断するまでもなく、請求原因1、2による債務不履行、同1、5による詐欺及び同1、6による瑕疵担保責任による解除に基づく違約金請求はいずれも理由がない。

二  不当利得返還請求

1  請求原因3(手付金)の事実は、当事者間に争いがない。同4(錯誤)及び同1(二)の事実については、前記第一、二において既に判断したとおりである。

2  抗弁2(重過失)についても前記第一、三における認定判断と同一である。

3  抗弁1(提供)及び同3(相殺)は、錯誤無効による不当利得返還請求に対しては、抗弁足り得ない。

4  以上によれば、原告は、被告に対し、本件売買代金の手付金として既に支払いを受けた金員一〇〇〇万円を不当利得として返還する義務があり、被告が反訴状をもって右請求をした日の翌日である昭和六三年三月二五日から遅滞に陥ったものというべきである。

三  結論

よって、被告の反訴請求のうち、右不当利得返還請求は、理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却する。

第三総括

よって、本訴、反訴を通じ、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとり判決する。

(裁判官 菅野博之)

<以下省略>

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